夜の公園に、セミの幼虫が歩いていました。脱皮に向かうのでしょう。踏みつぶされないよう、どこかに移動させてやりたかったのですが、やめときました。もう、10年ほど前になりますか。ちょっと苦い経験があったのです。以前、そのときの状況を作品にしています。韻文の作品づくりに疑問を感じていた時期でして、散文形式で書いています。
セミの怪談
足元にセミの幼虫がいた
真夜中、暗いアスファルトの上を
もぞもぞ歩いている
脱皮する場所を探しているようだ
こんなところにいたら踏みつぶされてしまう
逃がす場所はないか見渡した
この道の向こう側が駐輪場で
その先は草むらだった
闇に木が三本立っているのが見えた
あそこに逃がしてやろうと両手に包んだ
手の中でクリクリ暴れてくすぐったい
すばやく木の根元まで走っていって
放してやった
用事をすませた帰り、またあの道を通ると
同じ場所に幼虫がいた
今度はひっくり返って息が絶えていた
根元から草むらを越えて、駐輪場を越えて
ここまで戻ってきて力尽きた感じだ
どうやら、ここで脱皮をしたかったようだ
悪いことをしたと思った
何日か経った蒸し暑い夜
歩いていると
見覚えのある通りにでた
そういえば、ここって―
ふいに冷たい視線を感じて横を見た
電柱の目線の位置に
大きなセミがとまっている
いつもやかましく鳴きたてるやつが
無声でじいっとこっちを見ていた
ぞくっと寒気がした
見上げると
この電柱には
5、6匹のセミがとまっていて
みんなこっちを見ているではないか
《ごめんなさい!》
わたしは心の中で叫んで
走って帰った