安土桃山時代に、千利休が「わびさび」という新しい価値観を作り、つづいて江戸時代に、小堀遠州が「きれいさび」という新しい価値観を作りました。
引きつづいて、現代に生きるこうやまあきらが「〇〇さび」の集大成とすべく、「かわいいさび」という新しい価値観を作りたいと思います。
くたニャンみたいな姿は、誰がどう見ても「かわいいと思える」でしょう。しかし、ぐい呑みのような姿を単純に「かわいいとは思えない」でしょう。ゴテゴテしていてアクが強いながらも、ふっくらした形と表情に「かわいいを見いだす」には、深い洞察力と感性が必要とされるからです。
これに経年変化が加われば、かわいくてさびれた風情、「かわいいさび」が完成した形で現われてきます。これが新しい価値観としてみんなの心に定着すれば、この世はもっともっと楽しくて豊かなものになるのではないでしょうか。
きっとそうなる、とわたしは信じています。そのために、このブログをますます充実させていきたいと考えております。
高尾山の中腹にあるお土産屋で、こんな壺が売られていました。丸み具合といい、ツヤ具合といい、とてつもなくかわいいオーラを発しています。一目惚れして購入しました。
さて、いまどのように使っているかというと・・・ラムネ入れです!
この壺に入れたら、何の変哲もないフルーツ・ラムネが「ただ甘くて美味しいお菓子」ではなく、高尾山の霊力を間接的に浴びることによって、霊験あらたかな「天狗の飯砂」のようになりました(きっと 笑)
これで長生きできること間違いなしでしょう~
家で待っている仲間たちのもとへ。わが家の食卓も明るくにぎやかになりますね。
このツヤが年を経るたびに深くなっていき、やがては「かわいい」が「さび」れてきて、わたしが目指すところの「かわいいさび」を具現化する壺になるでしょう。
さらに、200年、400年と経てば、かわいいが最高潮に達し、信長や秀吉ら「天下人」が所有したため大名物と呼ばれ博物館に収納されている茶入れに匹敵する、「かの天才詩人」が所有していた大名物として、その隣に収納されるのではないでしょうか。
その日はくるのを楽しみにしています。でも残念ながら、100年足らずの人間の短い一生でその栄えある姿を見るのは無理・・・。
後世のわかる人が見て、思わず「かわいい!」と声にしてくれたら嬉しいです。